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東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)15号 判決 1962年12月20日

原告 大沢広三郎

被告 特許庁長官

主文

特許庁が昭和三〇年抗告審判第二一一〇号事件について昭和三五年二月一九日にした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

主文同旨の判決を求める。

第二請求の原因

一  原告は、昭和二七年八月三〇日特許庁に対し、「重液選炭法の改良」について特許出願し、昭和三〇年八月三〇日拒絶査定を受けたので、これを不服とし、同年九月三〇日同査定について抗告審判を請求し、昭和三〇年抗告審判第二一一〇号事件として審理されたところ、昭和三三年一〇月二九日出願公告決定が、ついで、昭和三四年四月九日出願公告(昭和三四年特許出願公告第二二〇一号)がそれぞれされたが、これについて特許異議の申立(二件)があり、その結果、昭和三五年二月一九日右異議の申立はいずれも理由ありとする特許異議の決定とともに右抗告審判の請求は成り立たない旨の審決がされ、同審決の謄本は、同月二六日原告に送達された。

二  原告の出願にかかる本件発明(以下本願発明という。)の要旨は、「粉末粒子の大きさおよそ二五〇―五〇ミクロン(六〇―三〇〇メツシ)の範囲内にあらかじめ分粒した硫化鉄鉱焼滓、銅カラミ、褐鉄鉱、赤鉄鉱、磁鉄鉱、磁硫鉄鉱、フエロシリコン、方鉛鉱あるいはこれら類似物質の一種または一種以上と、粒子の大きさが五〇―五ミクロン(三〇〇―二〇〇〇メツシ)の造岩鉱物の砂泥とを使用する比重一・三五―二・〇の重液によつて石炭またはその類似物質の比重分離を行い、重液材の回収に当つては、稀釈重液を篩にかけて重質材の最大粒より大きい粒子を除き、その篩下を分級機にかけて重質材を回収し再使用にあてることを特徴とする重液選炭法の改良」にある。

三  本件審決の理由の要旨は、本願発明における重質材、その使用粒度範囲、特定粒度範囲内の安定剤としての砂泥の併用および重液の比重範囲ならびに稀釈重液を篩にかけて重質材の最大粒子より大きい粒子を除きその篩下を分級機にかけて重質材を回収することは、(一)昭和二六年一二月日本科学技術連盟発行海外技術調査委員会報告(7)「最近海外における非鉄金属選鉱・製錬技術の進歩」(甲第四号証)、(二)昭和二五年四月四国機械工業株式会社発行「四国機械技報」第二巻第五号(甲第八号証)、(三)昭和二六年一一月丸善出版株式会社発行中久木潔、村岡徹介共著「重液選炭」(甲第一〇号証)および(四)昭和二六年五月東部炭礦技術会発行「東部炭礦技術」第九号(甲第一四号証)により、いずれも本願発明出願前公知であり新規性を認めることができないから、本願発明は公知事実から当業者の容易に実施しうる程度のものであつて、旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第一条に規定する特許要件を具備しないというのである。

四  けれども、本件審決には、つぎの点について判断を誤つた違法があり取り消されるべきである。

(一)  本願発明は、その特許公報(甲第一号証)中発明の詳細なる説明の項に記載されているとおり、安定重液使用の選炭法(ここに安定とは、被選別物質選別の際における選別槽内の重液の比重差が攪拌または液流のような手段を用いず、プラス、マイナス〇・〇一程度あるいはそれ以内に保持しえられる液状を指し、専門家の通念に属する。)に関し、比重一・三五―二・〇の安定な特定重液(H)とその重液材中の重質材に対する特定回収手段(R)との結合によつて構成される重液選炭法の改良にある。そして、重液(H)は、特定粒度の特定重質材(a)すなわち「粉末粒子の大きさおよそ二五〇―五〇ミクロン(六〇―三〇〇メツシ)の範囲内にあらかじめ分粒した硫化鉄鉱焼滓、銅カラミ、褐鉄鉱、赤鉄鉱、磁鉄鉱、磁硫鉄鉱、フエロシリコン、方鉛鉱あるいはこれら類似物質の一種または一種以上」と重液選別を行う際に被選別物中の炭層硬石(ぼた)から必然的に生成する微細物から分級調達されうる「粒子の大きさが五〇―五ミクロン(三〇〇―二〇〇〇メツシ)の造岩鉱物の砂泥」(b)との組合せによつて構成され、また、回収手段(R)は、選別後被選別物に付着した重液は洗い落されて稀釈重液となるがこの稀釈重液中に含まれる重質材(a)の最大粒子より大きい粒子を除去して重質材(a)を回収するための篩機(e)とこの篩下から重質材(a)の最小粒子より比重の小さい粒子を除去するための水力分級機たる分級機(f)との組合せによつて構成される。この重液(H)は、それ自体安定重液としての所要条件を具備するように作られるとともに、重液中の重質材(a)の回収について回収手段(R)に適するように作られたものであり、また、回収手段(R)は、重質材(a)の回収を対象としその回収が最大の効果を収めうるように考案されている。すなわち、重液(H)の組成と回収手段(R)とはたがいにそれぞれを対象として創作されたもので、重液(H)の組成は回収手段(R)により、また、回収手段(R)は重液(H)の組成によつて最大効果を発揮するものであり、したがつて、重液(H)の組成と回収手段(R)との組合せは、この両者がもつ各個別の効果の和よりはるかに著大な工業的効果を発揮するのである。

(1) 本願発明における重質材(a)の粒度は、従来安定重液調製のための重質材においてはそのおよそ五〇パーセント以上が三〇〇メツシ以下の粒子であることを要するとされていた(甲第二四号証)のに対し、三〇〇メツシ以下の部分をまつたく含まないことを必要条件としており、これによつて工業的効果をもたらすものである。また、本願発明の特許公報(甲第一号証)に明らかなとおり、その使用する重質材の粒子の最大粒径Dを六〇メツシ、最小粒径dを三〇〇メツシの範囲内とし、重質材(a)の回収上、右範囲内でD/dを使用する稀釈重液内における硬と重質材との等速落下比よりさらに小さくするように制限し、これによりはじめて重質材(a)の容易かつ完全な回収を得しめる著大な効果を奏するのであるが、これまで、このような条件を重液材に使用する例は存しない。

(2) 造岩鉱物の砂泥(b)は、そのもの自体としては比重が小さく、このものの単味によつては選炭用重液を調製することは望めないが、これを重質材と併用するときは、粗粒の故で不適格として排除されていた重液材を適格化するとともにみずからも無償重液材として重要な役目を果すにいたる。また、この砂泥(b)は、選別の際、被選別物から必然的に生成する粘土物質から容易に分離蒐集することができ、無償調達重液材とみなされうるので、重液(H)においては、この材の使用量だけ重液調製費ないし選炭費を低減させる結果をもたらす。そして、この「造岩鉱物の」砂泥(b)は、これまでに選炭用重液に用いられていた砂泥(甲第二〇号証、第二二号証参照)とは、調達する原土の種類、比重その他の性状ばかりでなく、そのものの単味による砂泥使用の効果等においてもまつたく異なるものである。

本件審決は、本願発明における特定粒度の重質材(a)と特定粒度の砂泥(b)との併用およびその併用によつて得られる特定比重の重液(H)の使用が本願発明出願前公知であつたとしているけれども、そのような公知の事実は存しない。

一般に、重液選炭において選別の際炭層硬石から生成する微細物中およそ一〇〇―二〇〇メツシ以下のものを粘土と通称している。そして、右微細物および粘土の比重は、炭田によつて異なるが、わが国におけるものは微細物はおよそ二・〇―二・二、粘土はおよそ二・二―二・四と推定される。この粘土は、重液選炭においては無償調達材であつて、併用重質材の浮遊をたすけ重質材を安定化させる長所を持つているが、その反面、この粘土と併用する重質材との分離がきわめてむずかしく選別後の重質材損失の主要原因となる短所をも持つている。この粘土は、選別処理量に比例して重液中に加入し重液中の粘土成分を増大するものであり、また、この粘土分の増大は、重液の粘性を増大して選別効率をそこなうから、その増大を防ぐべく苦心するが、粘土分だけの除去は不可能視されており、粘土分の存在は有害無益とさえいわれるにいたつている。重液中の粘土分を除去しようとすれば、いきおい重質材が粘土分といつしよに逃失し重質材の損失を招くわけで、これまで、やむをえないこととして看過されて来た。安定重液使用の選炭法は、理論上理想的選炭法であることは何びともこれを否定しないにもかかわらず、重液選炭の実施普及が遅々としているゆえんの最大原因の一つは、この過剰粘土分除去の問題が解決されないことにあると考えられる。ところが、原告は、長年にわたる苦心研究の結果この粘土の持つ欠点を除去するとともに、粘土の持つ長所をさらに増強するための創作観念を技術として表現することに成功した。すなわち、この成功は、本願発明における砂泥(b)(大正八年九月褒華房発行大工原銀太郎著土壌学講義第八四四頁土壌の器械分析の節下の合衆国土性局法による粒径別粒子分類には粒径〇・〇〇五―〇・〇五ミリメートルのものを砂泥と名づけており、原告の研究にかかるものが当初この砂泥に該当する粒度の沖積土であつたところから、砂泥と称することとした。)にかかる技術の創作を中心としてもたらされたものであり、特定粒度の砂泥(b)を使用することを特徴とする本願発明が旧特許法第一条の発明を構成することは明らかである。なお、被告は五〇―五ミクロンの砂泥を重液選炭に使用することが公知であつたことは本願発明の明細書(甲第一号証の特許公報)に示されている旨主張するけれども、それは、同明細書の誤解に出た主張にすぎない。

また、本願発明における砂泥(b)は、重液材であつて単なる安定剤ではない。すなわち、安定剤とは、重液の比重構成のためには必要がなく単に重液材の安定化に必要な剤のことであり、重液材とは、重液の比重を構成するうえに必要な材のことであるところ、右の砂泥(b)は、原告の別途発明にかかる特許第一二九一六二号「粘土に硫化鉄鉱焼滓粉末あるいは鉄鉱粉末を混加して粘度低くしかも安定たる重懸濁液を生成しこれを媒体として被選別物の見掛け比重差による浮沈現象を利用して種別分離を行うことを特徴とする石炭あるいは石炭類似物質の選別法」(特許請求の範囲)における重液材である粘土のかわりに、これを使用する着想にもとづく(本願発明の特許公報の記載)ものであり、右発明に使用の粘土が重液材であるように本願発明に使用の砂泥(b)もまた重液材である。このことは、本願発明の一実施例として比重一・五の選炭用重液を調製する場合をみればなお明らかである。すなわち、重液(H)を比重二・三の砂泥(b)だけで調製することは砂泥(b)の比重が小さいので望めないが、砂泥(b)の使用量に対しおよそ六割に相当する比重四・三の硫化鉄鉱焼滓粉末(重質材(a))を混加すれば所望の重液(H)を調製することができ、この場合、重液材の構成は、砂泥(b)がおよそ六三パーセントで、重質材(a)はおよそ三七パーセントとなり、砂泥(b)は重液材たるばかりでなく、重液材の主体であることが明らかである。砂泥(b)は、このように無償調達の重液材として重要な役割を果すばかりでなく、一面、併用の不安定重液材を安定化する性能をも持ち、いわば安定重液材ともいうべく、このために安定剤であるとの誤解等を生ずることがあるとしても、安定剤でないことが右により明白である。本願発明における砂泥(b)が安定剤であることを前提とする本件審決は、この点においても判断を誤つている。しかも、審決が、重質材と砂泥との併用が公知であつた事実を明らかにするものとして引用した前出甲第一〇号証においては、砂泥を安定剤として使用する重液の記載があるにとどまるばかりでなく、その両者の粒度範囲については何らの記載もなく、そのうえ、そこに存する記載は著者の誤解に出たものであるから、本願発明の新規性を否定する根拠は存しない。

上述したところからして、本願発明における重液材(a)と砂泥(b)との組合せによる重液(H)は、重質材(a)と砂泥(b)とのそれぞれの効果の和よりはるかに大きい効果を奏しうることが明らかであり、したがつてまた、両者の組合せに新規な発明が存するというべきである。

(3) つぎに、稀釈重液を篩にかけて重液材の最大粒子より大きい粒子を除くところの篩機(e)と水力分級機たる分級機(f)とは、ともに重質材(a)の回収手段(R)を構成するものであり、篩機(e)の特定条件および篩機(e)分級機(f)の組合せは、いずれも重質材(a)の回収を対象として創作された技術であるから、篩機(e)と分級機(f)との組合せにより両者の各個の効果の和をはるかにこえた効果を奏し、その結合に考案が存する。

(4) なお、本願発明において、石炭等選別の当初には、必ず特定粒度の重質材(a)と特定粒度の砂泥(b)とを併用して特定比重の重液(H)としておかなければならないのはいうまでもなく、ただ、いつたん選別を開始すれば、砂泥は被選別物から生成し、重液中に加わるので外部から調達混加の必要がないだけであり、外部から持ち来る砂泥であれ、被選別物から来る砂泥であれ、特定粒度の砂泥(b)を特定粒度の重質材(a)に追加調整して行かなければ、重液(H)の質が被選別物から出る砂土のため劣化して完全な選別を続けえないことは明らかであり、この点について被選別物から砂泥が重液中に混入するからこの砂泥と重質材とで形成される重液が本願発明と同様な作用効果を呈するものとし審決の判断を相当とする被告の主張の失当であることは明らかである。

(二)  本願発明によつて期待される効果は、直接的なものとしては、(イ)これまで粗炭から生成する微細物は有害無益なもののごとくいわれているけれども、本願発明においてはこの微細物のうちから所要粒度の所要量の砂泥を回収し重液材として使用するため、粗炭に対する除塵設備の簡略化と粗炭サイズの下限を著しく引き下げられる結果選炭設備および操業費の著減と重液選炭によつて処理できる粗炭量増大等が期待され、(ロ)無償材たる砂泥を多量に使用する結果それだけ重液調製費を低減しうるし、(ハ)重質材のほとんど完全な回収が期待でき重質材の損失量はこれまでのおよそ数分の一に減少しうるため、選炭費をそれだけ削減できることが挙げられるが、なお、これにもまして間接的な効果が著大である。そして、このような効果が期待され、一方で、石炭鉱業合理化が当業者死活の重大問題とされている時期に際会しながら、いまだに、本願発明相当技術の実施されたことを聞知しないことからみても、本願発明が当業者の容易に想到しうる程度のものでないことが明らかである。

よつて、請求の趣旨のとおりの判決を求める。

第三被告の答弁

一  「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求める。

二  請求原因第一ないし第三項の事実は、すべてこれを認める。

同第四項の点は争う。

原告は、本件審決の認定にかかる公知の事実はいずれも存しないという。けれども、(一)(砂泥の粒度範囲について)出願公告された本願発明の明細書(甲第一号証)中には、粒度範囲五〇―五ミクロンの砂泥を使用することが本願発明出願前公知であることが示されているばかりでなく、「重液材のうち砂泥は最初重液調製の際はこれを外部から混加するを立前とするもいつたん選別を開始すれば被選別物から生成し重液中に必要以上に加わるので外部から調達混加の必要はない」と記載されており、そのうえ、本願発明においては重液選炭を行つた後重液材の回収にあたつては稀釈した重液を篩にかけて重質材すなわち硫酸焼滓等の最大粒径より大きい粒子を除いて篩下の重質材を再使用することも要点の一部をなしていることからして、重質材と併用する安定剤である砂泥は、被選別物からも十分誘導されるものであり、粒子の大きいものは廃石に近く、また、より小さい粒子は被選別物中に包含される粘土あるいは砂泥と均等物とみなされるものであることは当然のことであつて、最初より特定粒度の砂泥でなく単なる砂泥を安定剤として使用するかあるいは砂泥を使用しなくても、選別中に自然に被選別物中から誘導される砂泥が特定粒度範囲のものとなり混入し、これが重質材とともに重液を形成し重液選炭が行われるものと認められる。すなわち、公知の重質材を使用する場合あるいはこの重質材と審決の引用した著書「重液選炭」(甲第一〇号証)により公知と認められる砂泥を併用する場合のいずれにおいても、被選別物である石炭から砂泥が重液中に混入し本願発明のものに近い粒度の砂泥と重質材とが重液を形成することになるから、本願発明と同様な作用効果を収めることになる。(二)(重質材と砂泥の併用について)審決引用の右著書「重液選炭」には、砂泥を公知な安定剤として主剤たる重質材硫酸焼滓と併用することが示されている。たといその記載が著者の誤解にもとづいて掲記されるにいたつたものであるとしても、その記載事項が公知であることにはかわりがない。また、同著書には、主剤硫酸焼滓、安定剤砂泥および助成剤水硝子の三者の併用が記載されていて、主剤硫酸焼滓および安定剤砂泥の二者の併用が示されていないとしても、主剤および安定剤がともに記載され公知とされているから、この二者を併用することに何らの新規な考案性を認めることができないし、同著書には、重質材の粒度範囲および重液の比重の範囲も示されている。(三)(砂泥の回収について)本願発明においては、その明細書(甲第一号証)ことにその特許請求の範囲の項中に「その重液材の回収にあたつては、稀釈重液を篩にかけて重質材の最大粒より大きい粒子を除き、その篩下を分級機にかけて重質材を回収し再使用にあてる」と記載されているように、石炭またはその類似物質の比重分離を行つた後の稀釈重液からは価値のある重質材を回収することを主眼としているものであつて、砂泥の回収については何ら触れられてなく、したがつて、砂泥の回収は、本願発明の要旨には含まれない。(四)(重質材の回収について)比重選別にあたり重質材より粒度の大きい粒子が被選別物から混入して来るのは当然であり、重質材を回収するためには、重質材のみを通過する篩を使用し、その篩下に対し分離機を用い重質材を回収することは、審決にもあるとおり前記著書に明らかに記載されている。

したがつて、本願発明は、本件審決に掲げるとおりの理由により、公知の事実から当業者の容易に実施しうる程度のものであつて新規な発明を構成するものとは認められない。審決には違法の点はなく、原告の本訴請求は失当である。

第四証拠<省略>

理由

一  特許庁における本件審査および審判手続の経緯、審決の理由の要旨、本願発明の要旨についての請求原因第一ないし第三項の事実については、すべて当事者間に争がない。

二  原告は、まず、本願発明において特定粒度の特定重質材(a)すなわち「粉末粒子の大きさをおよそ二五〇―五〇ミクロン(六〇―三〇〇メツシ)の範囲以内にあらかじめ分粒した硫化鉄鉱焼滓、銅カラミ、褐鉄鉱、赤鉄鉱、磁鉄鉱、磁硫鉄鉱、フエロシリコン、方鉛鉱あるいはこれら類似物質の一種または一種以上」と特定粒度すなわち「粒子の大きさが五〇―五ミクロン(三〇〇―二〇〇〇メツシ)」の造岩鉱物の砂泥(b)との組合せによる比重一・三五―二・〇の重液の組成について新規な発明が存すると主張し、これに対し、被告は、これを審決の引用にかかる中久木潔、村岡徹介共著「重液選炭」(甲第一〇号証)の記載により本願発明出願前から公知であるとして争つている。

けれども、(一)成立について争のない甲第一〇号証中には、本願発明におけるとおりの重質材と砂泥とを併用する重液については記載がなく、ただ、この点に関連するものといえば、同号証の「本邦における重液選定の試験」についての表中、試験場所(炭鉱名)欄に「大沢法」、型式欄に「大沢式舟底型」、メヂウム欄に「主剤硫酸焼滓、安定剤砂泥、助成剤水硝子」、重液均等得持方法欄に「スクレーパー」、選別産物欄に「精炭・硬」、備考欄に「研究中」とあるだけである。なるほど、この重液が石炭またはその類似物質選別用のものであることは、選別産物欄に「精炭・硬」とあることから認められ、同重液の比重が本願発明の重液の比重とほぼ同様のものであるべきことは、この重液が石炭またはその類似物質を比重分離するためのものであることに徴してこれをうかがうに難くないけれども、右の記載によつては、主剤硫酸焼滓、安定剤砂泥および助成剤水硝子の三者を構成成分とする重液を研究中であることが知られるだけであるから、これら三者を構成成分とする重液が、重液材等の粒度について触れられていない点はしばらくおくとしても、選炭用として適当であるとの結論を得ているのかどうかさえも知ることができない。しかも、本願発明の重液においては、この三者中助成剤である水硝子はまつたく用いず特定粒度の重質材(a)と砂泥(b)とだけから成るものであるから、これを右の記載から容易に実施しうべき程度のものであるとすることはできない。

(二) つぎに、重質材および砂泥の粒度について考えると、本願発明の方法においては、粉末粒子の大きさをおよそ二五〇―五〇ミクロン(六〇―三〇〇メツシ)の範囲内にあらかじめ分粒した特定重質材(a)と粒子の大きさが五〇―五ミクロン(三〇〇―二〇〇〇メツシ)の砂泥(b)とこれらを使用して作られた比重一・三五―二・〇の重液(H)との三条件が常に満足された状態で、石炭またはその類似物質の選別(以下単に選炭という。)が進められるべきことはいうまでもない。ところが、選炭中、被選別物にともなつて重液に混入する砂泥等の物質のため、重液の組成はつねに選炭開始のときの組成から変化する傾向にあるから、この傾向をつねに最少限にとどめて右三条件を満足すべき状態に維持しておかなければならない。そのためには、石炭・硬に付着して失われて行く重液材を補給する一方、また、重液中に余分に混入して来る砂泥等の物質を除去しなければならないのは当然である。この故に、成立について争のない甲第一号証(本願発明の特許公報)中発明の詳細なる説明の項の「重液材のうち砂泥は最初重液調整の際はこれを外部から混加するを立前とするもいつたん選別を開始すれば被選別物から生成し重液中に必要以上に加わるので外部から調達混加の必要はない、しかしながらこの砂泥を回収使用しない場合には他より調達供給する必要がある。この砂泥の回収は前記重質材回収のときの溢流を篩または水力分級機にかけ所要粒度の砂泥より大きい粒を除去し次にその篩下または分級機の溢流を分級機または分級濃縮機に導き、所要粒子より細いものを除去すれば所要の砂泥が得られる。」との記載は、被選別物から分離して重液中に混加する物質には、特定粒度の砂泥(b)のほかに、特定粒度より大きい荒砂等および特定粒度より小さい微細物があり、これらの有害粒子は重液(H)の質を劣化させ、ことに、特定粒度より小さい微細物は、重液(H)の粘度を高め石炭と硬との浮沈分離を妨げ、その量が増加するとついに選別作業を不可能にするから、選別作業にともない、選別槽内の重液を適宜重液材の回収装置に取り出して所要の特定粒度の重質材および特定粒度の砂泥(b)を別々に選別回収するとともに、不要な物質を分離するが、右のうち重質材(a)は、被選別物から生成せず、ただ失われるだけであるから、これを外部から補給し、一方、被選別物から生成し選別回収される特定粒度の砂泥(b)は、必要量だけ新規な重液に使用し、もつて、選別作業中にそこなわれた重液の補充調整を行い、常時前示三条件を満足する状態に保持するようにはかるわけであり、いつたん選別を開始すれば、わざわざ外部から砂泥(b)を調達する必要がない趣旨を明らかにしたものであることを諒解するに余りがある。したがつて、選別作業中に被選別物中から誘導される砂泥がすべて特定粒度の砂泥(b)となりこれが重質材とともに重液を形成し、本願発明の方法におけると同様の重液選炭が行われうるものとする被告の主張の採ることができないことはいうまでもない。

なお、被告は、本願発明の明細書(前掲甲第一号証)中には粒度範囲五〇―五ミクロンの砂泥を使用することが本願発明出願前公知であることが示されているというけれども、同明細書中には、本願発明の出願人である原告自身が本願発明における特定粒度の造岩鉱物の砂泥(b)を、本願発明出願前公知であるとしたものと解しうる記載は認められない(ただ、同明細書中には、「本出願人の発明にかかる特許第一九九八四二号の発明は…………褐鉄鉱から成る砂泥(径五〇―五ミクロンの微細粉末)と水との重液、換言すれば前記の重物質を本願発明に使用する造岩鉱物の砂泥粒度に粉砕した物と水との重液を使用する」との記載があるけれども、成立について争のない甲第二二号証(右特許第一九九八四二号の特許公報)によれば、同発明は、本願発明の出願後である昭和二七年一二月五日に出願公告されていることが明らかである。)。もつとも、成立について争のない甲第二〇号証(特許第一三四五九七号の特許公報)によれば、同号証の発明は、原告において昭和一三年九月三〇日出願し、昭和一四年一一月二日出願公告され、重液を媒体として使用する選炭法において媒体として微細な土壤から蒐集した粒径〇・〇五―〇・〇〇五ミリメートルの砂泥と水との適当な割合をもつて調整した比重一・三五―一・六五内外の水成重懸濁液を使用することを特徴とする選炭法にかかるものであることが認められるけれども、本件においては、特定粒度の重質材(a)と特定粒度の砂泥(b)との組合せから成る重液(H)の組成に新規な発明性が存するかどうかが問題であり、この点の判断が右特定粒度の砂泥自体の公知であつたかどうかにより決せられるものでないことはいうまでもないから、これをとつてもつて、にわかに被告の主張を肯認させる根拠とすることはできない。また、前掲甲第一〇号証中には、重液用重質材として銅からみ、方鉛鉱、フエロシリコンの粒度について本願発明の重質材の粒度範囲内にあるものが記載されているけれども、この点についても右と同様に、これをもつてにわかに被告の主張を肯認させる根拠とすることができない。

また、前掲甲第一〇号証のほか、本件審決が本件発明について旧特許法第一条の新規な工業的発明を構成しないとの認定をするために引用した成立について争のない甲第四号証、同第八号証、同第一四号証中にも、本願発明における特定粒度の重質材(a)と特定粒度の砂泥(b)との組合せから成る選炭用重液(H)の組成についての記載はなく、ただ、選炭用重液材としての重質材、その粒度範囲、選炭用重液材としての川砂、粘土、その粒度範囲、重液の比重等が各個別に掲げられているにとどまる。

(三) ところで、前掲甲第一号証と弁論の全趣旨とを合せ考えると、本願発明における特定粒度の重質材(a)と特定粒度の砂泥(b)との組合せから成る重液(H)においては、(イ)石炭の選別に使用の比重においては安定であるが、これに水を加えて稀釈すればにわかに不安定となり重質材(a)と砂泥(b)とが完全に成層分離することすなわち選炭用重液としては安定でありながらその稀釈重液から重質材を水力分級機にかけて回収するにも好適であること、(ロ)ある重質材(a)と砂泥(b)だけで所要性状の重液が得られない場合には同粒度のより高い比重を有する他の重質材(a)を併用することによつて所要性状の重液が得られるとともに重液材の回収にも悪影響のないこと、(ハ)重液中に混入して来る不必要物質を除去しやすいから重質材の回収率を向上させ選炭費設備費を低減させうること等の特別の効果を収めうることを推認することができる。

右のとおりであつて、本願発明における特定粒度の重質材(a)と特定粒度の砂泥(b)との組合せからなる重液(H)は、これまでに認められない新規な構成にかかり、しかも、重質材(a)と砂泥(b)とのそれぞれの効果を合せた以上の特別の効果を奏するものと推認される以上、本件審決の掲げる引用例にもとづく公知事実だけをもつてしては、右の構成にかかる重液(H)における新規な発明性を否定することができないといわなければならない。

三  つぎに、本願発明における重液材の回収過程(R)について考えると、前掲甲第一号証により認められる本願発明の特許請求の範囲の記載および本願発明が特定粒度の重質材(a)と特定粒度の砂泥(b)とを使用して重液をつくり、「この液を使用して石炭または石炭類似物質の比重分離を行い、重質材の回収にあたつては被選別物に付着の重液を洗いおとし、生成する稀釈重液から重質材の最大粒より大きい粒を篩にかけて除去しその篩下を分級機にかけて重質材以外の不必要物質を分離し重質材を回収することを特徴とするもので、その目的とするところは重質材の回収率を高めるとともに少ない選炭費と設備費によつて所要の重液選炭を実現せしむる点にあるものである。」ことに徴し、右回収過程(R)においては、本願発明は、重質材(a)の回収および再使用を対象とし、特定粒度の砂泥(b)の回収および再使用は特許請求の範囲に含むものでないと認められる。そして、被選別物を選別した後の稀釈重液を特定のメツシの篩にかけてその篩下を浮選機や磁選機等に送り重液中の重質材を回収し再使用することは、前掲甲第四号証、同第一〇号証、同第一四号証により、本願発明出願前公知であつたことが明らかであり、一方、稀釈重液から特定粒度の重質材を回収する場合稀釈重液を篩にかけて重質材の最大粒より大きい粒子を除去するのは当然であり、さらに、その篩下を分級機にかけ所要粒度の重質材を選別することも、この分級機と浮選機、磁選機等とはいずれも分離機の一種であつて回収しようとする物質を分離機で回収する点からみれば両者に差異を認めることができないから、右の重質材の回収過程(R)自体としては公知であるというべきである。けれども、原告は、これを本願発明における特定粒度の重質材(a)および特定粒度の砂泥(b)から成る重液(H)の使用と結合させ、ここにも新規な発明性が存すると主張している。前示認定のとおり、重質材(a)と砂泥(b)とからなる重液(H)について、特別な効果ことに(イ)の点が認められる以上、本願発明におけるとおりの重液(H)とその重質材(a)の回収過程(R)との結合についても、右の効果に照応した効果を認めることができ、しかも、重液(H)と回収過程(R)との結合が本願発明出願前公知であつたことを認めうる証拠のない本件においては、この点についても本件審決の掲げる引用例にもとづく公知事実だけをもつてしては新規な発明性を否定することができない。

四  右のとおりである以上、前示のとおりの引用例を掲げたやすく本願発明をもつて公知の事実から当業者の容易に実施しうるものであり旧特許法第一条の新規な工業的発明を構成しないとした本件審決は、審理を尽さず理由不備のそしりを免れず、したがつて、違法として取り消されるべきものであり、原告の本訴請求は理由があるので、これを認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八九条を適用し、よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 関根小郷 入山実 荒木秀一)

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